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写真はJAのライスセンター。
サイコロのような四角い米袋には1トンの玄米が入っています。

新米の季節です。
親戚に新米を届けるのが毎年この時期の恒例となっています。
みんな笑顔で喜んでくれます。
やはり、新米は美味しいということなのでしょう。
“ことなのでしょう”というのは、自分は、あまり気にしてないからです。

そして、もうひとつは、米を作ることの苦労を知っているからだと思います。
他の作物に比べたら手の掛からないと言われる稲作ですが、米で食える時代ではありませんので、他のことをやりながら余力で作るのです。

うちの親戚は、親の兄弟ですから、小さい頃、今のように機械化が進んでない
時代(といっても50年くらい前ですが)の田畑仕事を身をもって経験しています。
機械化が進み省力化されましたが、やることは同じです。

秋口の田おこし、春先の荒起こし、草刈り、苗代作り、畔作り、田んぼの水入れ、荒かき、代かき、田植え、雑草管理、水管理、害虫害獣管理、病気管理、稲刈り、乾燥、というのが一連の流れです。

特に植えてからの雑草管理と水の管理は、経験と勘が必要です。
除草剤の種類は多岐に渡り、使い分けが必要です。

水も切ったり浅くしたり深くしたり、常に同じ水位ということはありません。

畔の草刈りにしても、夏の雑草の成長は驚くほど早く、こまめな管理が必要です。
そんな日々の小さな努力の賜物が一俵の米になります。

悲しきかな、親戚の中にその苦労を知らないところがあります。
2ヶ月に一度の割合でタダで持っていきますが、貰うのが当たり前くらいに思っているらしく、お礼のひと言もなんの挨拶もありません。

親しき仲にも礼儀あり。

いつも圃場を見て回りながら思います。
苦労して作っても金にもならず、感謝の言葉もないのは哀しいものだと。

一度でいいから、この苦労を見て欲しいものです。

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Last modified: October 18 2014

 

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